『三富朽葉詩集』
編者: 池谷竜
装画: ピーダ・イルステズ

発売日:2023年8月31日
定価:各2,200円 (税別)
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 本詩集は明治後期から大正初期にかけて活動していた詩人、三富朽葉の詩及び訳詩、散文をまとめたものである。

 三富朽葉は明治38年(16歳)頃から投書雑誌『文庫』等へ短歌や詩を投稿、明治42年に人見東明や今井白楊らと《自由詩社》を結成し、機関冊子『自然と印象』創刊。翌年、第11集にて終刊。その後も朽葉は文芸誌『創作』『文章世界』、北原白秋主宰『朱欒』等に投稿するも大正改元以降、詩の掲載はない。大正期は毎年数篇の文芸評論を『早稻田文學』へ寄稿、この時期の鋭感な論説や散文にこそ朽葉の真価が認められよう。
 大正6年夏、朽葉は千葉縣銚子町犬吠岬の別荘に避暑。詩友の今井白楊が訪れて滞在。8月2日午後に別荘近くの君ヶ浜にて朽葉と白楊は遊泳、万波にさらわれて遭難。同月5日午前11時半、三富朽葉の遺体引上。八日に白楊の遺体引上。二詩人溺死、共に享年29歳。

 朽葉は生前に著書が出版されることはなく、大正15年10月15日に没後9年を経て『三富朽葉詩集』が第一書房より刊行。詩友の增田篤夫による編集で詩及び訳詩、研究論稿、書簡および雑稿の3部構成。量感ある珠玉の遺稿集と言えるが、没後すぐ着手されたにもかかわらず9年越しはいささか遅過ぎよう。細部に至る執心も解らなくはないが、とうに我が国における象徴詩の潮流も変遷。歳月人を俟たず、長谷川弘も高鍬侊佑も北村初雄も井口蕉花も朽葉の詩書を披見する事なく幽明境を異にする。遅緩は兎も角、增田は詩であれ論説であれ大胆に校訂、絶筆すら容赦ない。增田曰く「本書中の和語(假名)、漢字、歐字、送り假名等の用法に疑點があれば、凡べてわたしの責任である。仏蘭西文學研究論文・翻訳等は、參考書乃至原書を照合して、補訂上の不審を正した」と。未定稿「感性論」でも取捨整理をどの程度施したかは不詳。增田の自著ならいざ知らず、朋友とて他者の遺稿集における責任などいかに負う事が出来ようか。さりとて彼が適任である事に異論はなく、しいて言えば中村星湖あたりを監修として配すべきであったろう。編集の不透明性は否めぬものの、第一書房刊『三富朽葉詩集』が亡き友を偲ぶ增田の思慕溢れる良書である事には変わりあるまい(中略)

 此度、三富朽葉詩集を纏めるに際し、增田の編纂校訂から一度離れるべく各初出誌を底本として詩及び訳詩、散文を編集す。

以上、『三富朽葉詩集』の「編者解題」より抜粋
 

2023.8.4 Ryo Iketani