黑支那麥の婦人帽の内部

詩:棚夏 針手
 

黑い夕燒は
黑支那麥の婦人帽の内部
 
黃金の渡守と語る白い巡禮が
初めて罌粟畑に下りた象牙の保護鳥のやうに
午後一面に張りつめた蜃氣樓の帆蔭で
見知らぬ晝の都會に狂ふ牛の胸の
燕脂色の第一闘牛賞のメダルを見る
 
それは月だ
お前が私に贈ると云つて桃色の半巾に包んで置いた
基督磔刑像の痛々しい御胸だ
 
密培の赤い菫を象牙の保護鳥が啄むので
双手を伸べて抱擁の美眉術をつくそうとする夢が
石垣の氈襖の上を匂のやうに歩いて來る
月の常春藤が輕く
背後の花壇は行手の泉にうつる
 
それは薔薇の花
お前の置いて行つた一本の金髪のからんで居る
基督磔刑像の蒼白めた御足だ
 
不日
久しく歸つて來ないお前が歸つて來て
私の『陶然』の客間で
その黑い夕燒の婦人帽を脱ぐ時があらうも知れぬ
 
私は、其時
疊まれた水色の粉油が
お前の耳かくしの束髪に雪のやうに積るのを
さうして匂藻はお前に
快く眠られるだけの冬を招ぐのを
尚、魂が蝸中のやうな瑪瑙の手燭に
麹色の果汁氷果を盛つて推めることを知つて居る
 
けれど
黑い夕燒の婦人帽の内部の月と薔薇の都會の紫の蓋をした巨大な蒼白い蜜瓶の側面では
白い巡禮と黃金の渡守とが乳房をあはせ
その影の辨髪の密航者は
象牙の保護鳥を捕へんものと
黃金の泊木を空に灯して居る
 
おお、それは
黑い夕燒の月の常春藤に懸つて
透蠶のやうに皮膚を匿さんとなしつつ
悶えて居るお前ではないのか

 


 

以上、『棚夏針手全集 上巻』より
 
 

2021.6.3 Ryo Iketani






カテゴリー: 棚夏針手