燃上る彼女の踴り
― 詩集薔薇の幽靈の一部 -
詩:棚夏 針手
空氣のやうに光る重さが、薔薇と死灰のやうに感じられるも一つの鴇色の爪。腰衣が鶴の髪毛の心持ちで蠅の胸のやうに開き、その中から淡色の惡阻が母さんの名前を呼んで綠の御手洗を使ふので、胡桃の匂をもつたお前の藤色の眼鬘が少し傾きかけて、からくも留つて居る。
けれど韻律は白い腋の毛根を光にしてそこから大理石の馬を覗かせやうとした。
火の指環。薔薇の幽靈。黑い中で赤が旋回して淫らな春の噴水をお臍へきりりつと卷き締める接吻の色をした快さ。葡萄酒の透つた赤い影が動く。白天鵞絨の懐しい白の泉の唄と光の音樂。その中を瞳に見えない黃金の鞦韆が兎馬と猿とを乗せて虹になる時のやうな匂。
毛織物の柔かさに彼女の力强くぴつたり吸ふことの出來る紅い唇のそことなく彈ませた艶かしい息の、それのやうな温い波を知つて居る手、それが氷をひく黃金の大鋸のやうに、白天鵞絨の融けかかる科にくづれる。
僅かに何處からかする蒼みがかつた綠の貿易の微笑に、また光る腋の赤い燕の運んで來た白縮緬。韈の内股に麻布のやうに流れる光は乳兒の柔軟性。窓が七つ、それに黃いろい六つの笹椽、それにはさまれた赤い火の笹椽へ映つた白天鵞絨と縮緬の中から光る果汁のやうな黃金の鳥の巢が、間色の黄昏を象牙の振香爐の椽から零すその匂ふ蔭の楡の樹立。
大理石の馬が鬣で風を吸収して彼女の腋からそうつと耳を出す呼吸に、黃金の小栗鼠を追つて來た五人の男のやうにお前の臀部が丸出しになつて、空氣のやうに光る蠅のやうなその輕さが、火の指環。そうして薔薇の幽靈。亦、太く火を點してしまつた。
以上、『棚夏針手全集 上巻』より
2021.6.2 Ryo Iketani