愛
著:アンドレ・ブルトン、ポール・エリュアール(太字)
訳:池谷竜
我々の関心を捉えてやまぬ男女間における愛とは、すなわち日常を非日常に、形式論を独創性に、疑いを信頼に、把握し得る内的対象を外的対象に、それらを突き動かす衝動のごとくが愛であろう。
愛における接吻と抱擁と行為、その際限なき諸々にもやがて終わりは訪れよう。
愛とは常に時間的である。だが愛が愛たる以前に、ひらめきを司る頭部があり、つめ合っては逸らす瞳があり、想いを声にする喉があり、咽喉と乳房がある。更には鼠径部のシワがあり、伸ばす脚があり、それを覆うヴェールから降りてくる霧があり、窓越しに眺める雪のごとき官能がある。
舌が唇を際立たせ、瞳は閉じられ、乳房は膨らみを増し、腋の下を窪ませては窓を開く。肌に唇をあてがい接吻に酔い痴れつつ、唇とその唇に奪われた唇とが昼と夜のように重なり合う。男女は互いの腕と太腿とを絡ませ、風と霧が溶け合うように握り合った掌へと愛欲の指紋が刻まれる。
行為には三つの段階がある。まず第一に女は北米のトリンギット彫刻のごとき霊感で男に理想的な抱擁を求め、ふたりはひとつになる。第二に趣を異にするハイダ彫刻さながらに女はその抱擁を拒むのである。この段階ではまだ僅かな触れ合いによってこそ満たされよう。そして最終段階で女は流れゆく愛の体位に身を委ねる。
窓が開かれては閉ざされ、また半開きにもなるだろう。窓は星のために開かれるのであり、星は窓に向かって流れてゆく。やがて星は窓や勝手口を出入りする。

散文詩集『無原罪懐胎』扉画より
画:サルバドール・ダリ
1.女が仰向けに寝て、そのうえに男が横たわる。これが《Ç》である。
2.男が仰向けに寝て、そのうえに女が横たわる。これが《C》である。
3.男と女が横向きに寝て、互いに見つめ合う。これが《フロントガラス》である。
4.男と女が横向きに寝て、女の背を男が見つめる。これが《魔の沼》である。
5.男と女が横向きに寝て、互いに見つめ合いながら両脚を絡ませつつ、大胆に窓を開ける。これが《オアシス》である。
6.男と女が仰向けに寝て、女の片脚が男の腹部を横切る。これが《割れた鏡》である。
7.女が仰向けに寝て、そのうえに重なる男に女の両脚が絡みつく。これが《蔦》である。
8.男が仰向けに寝て、そのうえで女は頭部を男の足側にして仰向けに重なり、男の腕の下へと女が脚を滑り込ませる。これが《機関車の汽笛》である。
9.仰向けに寝ている男のうえに女が脚を広げて座り、その身を両手で支えている。これが《読書》である。
10.仰向けに寝ている男のうえに女が膝を曲げて座り、その上半身を後ろに反らしたり起こしたりする。これが《扇子》である。
11.仰向けに寝ている男のうえに女が膝を曲げて座り、男に背を向ける。これが《トランポリン》である。
12.女が仰向けに横たわって両腿を垂直に上げる。これが《琴鳥》である。
13.女が向かい合う男の両肩に両脚を掛ける。これが《大山猫》である。
14.両脚を抱えた女を男が胸部で支える。これが《盾》である。
15.両脚を抱えた女の両膝がその乳房に触れる。これが《蘭》である。
16.女が片脚だけ伸ばす。これが《午前零時過ぎ》である。
17.女が男の肩に片脚を掛け、もう片方の脚を伸ばす。次にその伸ばした方の脚を男の肩に掛け、先に掛けていた方の脚を伸ばし、それを繰り返す。これが《ミシン》である。
18.女が男の頭に片脚を載せ、もう片方の脚を伸ばす。これが《門出》である。
19.女が両腿を上げて左右に交差させる。これが《螺旋》である。
20.男が女との行為の間、身体を寄せ合っては官能の輪を描くように回転し、そして女は男の腰を抱き締めて離さない。これが《万年暦》である。
21.男と女が立ったまま互いに支え合って、又は壁にもたれて行為をする。これが《木樵の健康法》である。
22.男が壁にもたれて両手を下方で組み、そのうえに女が座り、男の首に両腕を回しつつ男の胴体を両腿で締めつけながら、男がもたれ掛かる壁を女は蹴るようにして身体を揺らす。これが《小舟作戦》である。
23.女が両手両足で立ち、男は直立する。これが《イヤリング》である。
24.女が四つん這いになり、男はひざまずく。これが《祭壇》である。
25.女が両手でその身を支え、直立する男は女の両腿を持ち上げて、その両腿が男の胴体を締めつける。これが《救命ブイ》である。
26.男が椅子に座り、その膝のうえに女が向かい合わせでまたがる。これが《公園》である。
27.男が椅子に座り、その膝のうえに女が背を向けてまたがる。これが《罠》である。
28.男がベッドのそばで直立し、女はベッドに上半身だけ横たわって男の胴体を両腿で締めつける。これが《ウェルキンゲトリクスの首》である。
29.男がベッドのそばで直立し、女はベッドでうずくまる。これが《蚕の遊戯》である。
30.男がベッドのそばで直立し、女はベッドでひざまずく。これが《べチベル草》である。
31.男がベッドのそばで直立し、女はベッドで男を背にしてひざまずく。これが《鐘の洗礼》である。
31.女が床で仰向けになり、その背を反らせて両手と両足で弓なりに身を起こし、又は頭と両足とで身を支えて、男はひざまずく。これが《夜明け》である。
愛は行為を加速させる。そして身悶えするほどの自由が、膨らむ胸とその胸を膨らませる空気よりも親密な恋人らを魅了し、女の窓に星の輝きが途絶えることはなく、女の手が男の手綱を緩めることもない。窓のなかを星がゆっくりと巡り、出入りを繰り返す。やがて行為に幕が下ろされて、窓のなかのおぼろげな星影が今日というカーテンを焼き払う。

以上、中期詩選集『愛の紋章』より
2021.5.12 Ryo Iketani