昨年6月6日、膵臓癌により島武実(作詞家、テクノポップバンド「PLASTICS」のリズムボックス&キーボード担当)は享年72歳で逝去した。彼が運営していた下北沢にあるアートギャラリー『Prefab Gallery & Things』では、生前から企画されていた立花ハジメ氏(「PLASTICS」のギターリスト)の個展『sa・sa・ca・na』が7月5日から1ヶ月間ほど開催されたのは未だ記憶に新しい。

立花ハジメ氏の展覧会で代表的なものといえば1995年から翌年にかけて全国で開催された個展『APPLICATION TOUR』であろう。その展覧会における展示作品を制作したツールが《信用ベータ》である。
 

 

《信用ベータ(SiNYO Beta)》とは、Macintosh用グラフィックソフト「Adobe illustrator 5.0」のプラグインモジュールとして立花ハジメ氏が開発したアプリケーション・ソフト(1995年11月1日発売)である。
その概要は「パスを三次元空間内で変形し、視点方向からの二次元パスを返す」というのが基本的な機能で、PostScriptの書体を加工する作業をフォーマット化する、謂わば氏のセンスや手癖という曖昧な対象をプログラムしたアプリケーションである。

当時は「illustrator」のフィルター機能としてもまだまだ草創期であり、その《信用ベータ》の役割たるや偶発的なエフェクティブにより抽象的デザインを創造する画期的なプラグインだったといえよう。またアプリケーション容量が330KBという軽量さも驚異的である。
 

 

個展『APPLICATION TOUR』が開催された同年発売の立花ハジメバージョンモデル“swach”はインターフェイスもないようなプロトタイプの《信用ベータ》によってデザインされたのであるが、盤面やバンド部分にアルファベットを幾重にも重ねて湾曲させたタイポグラフィで構成された、まさしく氏自身がそのプラグインを実践してみせた先鋭的な意匠性に仕上がっている。
 

 

他にも氏の卓抜したセンスによる展覧会には《信用ベータ》の骨子ともいえるアルファベットをフォントデザインした初個展『Typography(1992)』や、オールドアメリカンなロゴやマークなどの亜鉛の活版印刷用原版をコラージュした作品と、その版を“から刷り(塗料を使用しない版画技法)”によって凹凸状にエンボス加工させた印刷物を展示した5回目の展覧会『リトグラフと活版印刷とプリントアウトと立花ハジメとP-HOUSEと(1998)』展などがある。

勿論、立花ハジメ氏による音楽もデザイン同様に異彩を放っており、自作楽器「アルプス1号」で演奏した1st.ソロアルバム『H(1982)』は独創的かつ完成度の高いアルバム(坂本龍一氏がドラムを叩く曲など、YMOが3人揃って参加している)で、その続編である『Hm(1983)』や『Mr. Techie & Miss Kipple(1984)』や『TAIYO-SUN(1985)』を経て、Herbie Hancockの「Wiggle Waggle」のギターリフをサンプリングで多用した立花氏の名盤『Bambi(1991)』に至る。
 

音楽にせよ、デザインにせよ、氏の軽妙でありつつも革新的なその芸術性はジャン・コクトーに通ずるともいえよう。氏が1976年に結成(故・島武実は1978年に参加)したテクノポップバンド「PLASTICS(プラスチックス)」のコンセプトが《子供でもわかるシュルレアリスム》であったのも強ち頷ける。
 
 

重要なことは軽く浮かぶのではなく
軽く波紋を描きつつ重々しく沈むことである

Jean Cocteau
― 音楽小論『雄鶏とアルルカン』より -


 

2020.3.1  Ryo Iketani

 
 
 
 
 
 

カテゴリー: 芸術論随筆

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