1917年5月18日にパリのシャトレ座で初演された興行家セルゲイ・ディアギレフ(Sergei Diaghilev)率いるバレエ・リュス(Ballets Russes)による20世紀舞踏の前衛性を掲揚した記念碑的作品としてバレエ『パラード(Parade)』は位置付けられる。

コクトーがバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のために書き下ろした脚本としては1912年のバレエ『青い神(Le Dieu bleu)』に続く2作目であり、ディアギレフを驚かせ損なったそれとは異なり、この『パラード』の反響たるや1913年上演のイーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)作曲による変拍子や不規則なリズムとポリフォニーや不協和音で複雑に構成されたバレエ『春の祭典』以来の歴史的スキャンダルであった。大衆演芸を積極的に取り入れた『パラード』はバレエという総合芸術の可能性を拡充するのみならず、日常生活における動作などから着想を得ることも多いモダンバレエや前衛舞踏の先駆的存在となったのである。
 

そもそもパラードとは小劇場の入口前で催される客寄せの余興のことであり、コクトーの着想は画家ジョルジュ・スーラ(Georges Seurat)の晩年期の傑作『サーカスの客寄せ』から得たとも言われている。余談になるが今年のオートクチュール春夏コレクションでDior(ディオール)がこの『パラード』を着想に、パリ7区にあるロダン美術館(本館であるビロン館の1室をコクトーは弱冠19歳にして借りていた)の庭園にサーカステントを建ててパフォーマンスを展開したのは記憶に新しい。
 

 Au Musée Rodin

1950年に公開されたコクトー原作の映画『恐るべき子供たち』で卓越なるドレスを提供した創業者クリスチャン・ディオール(Christian Dior)とコクトーとの深い縁を感じる。
 

バレエ史に転換期を齎した『パラード』のその制作陣であるが、脚本がコク トーで音楽はエリック・サティ(Érik Satie)、舞台美術と衣装を担当したのがパブロ・ピカソ(Pablo Picasso)で振付はレオニード・マシーン(Léonide Massine)という豪華キャスティングで、当時最先端のこの前衛芸術家たちによる共同制作は一大センセーショナルを巻き起こした。そのピカソによるキュビスム的な巨大箱型衣装を着用するふたりの踊り手が舞台上の縮尺を錯覚させたのである、それは安室奈美恵氏の『LIVE GENIC 2015-2016 TOUR』でみせたアリーナを闊歩する3メートル超の2体の巨人による演出効果と同種の衝撃を与えたであろう。私は2階席からの観覧ではあったが迫力ある幻惑的なその空間演出を鮮明に憶えている、フランス出身のデヴィッド・ゲッタ(David Guetta)による楽曲『What I Did For Love』で幕が切って落とされたその怒涛の大スペクタクルを。
 

後篇に続く
  
 

2019.10.15 Ryo Iketani

 
 
 
 
 
 

 

カテゴリー: コクトー芸術論

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