大和の秋深まる10月吉日、宝山寺と朝護孫子寺の参拝を終え、多賀新氏(銅版・鉛筆画)と建石修志氏(鉛筆・油彩画)を新大阪駅まで送迎したのち、拙訳『雄鶏とアルルカン』の表紙画を描いた日乃ケンジュ氏と私とで旧友のT氏宅を訪ねた。

T氏には第一曲集『胸に花影』のCDジャケットを撮影していただいたので、その御礼も兼ねての訪問である。T氏は居間に日乃氏の作品を飾るほどの気心の知れた間柄である。T氏とは同郷ゆえ、彼も私の祖母による分娩介助で出生したが川に捨てられることはなかった(『多賀新と宝山寺篇』参照)。
 

日乃ケンジュ氏の連作画 『 Bed Town 』より
 
 

さて、その日参拝した宝山寺の鎮守神である《歓喜天》は、僧侶や行者間でも現生利益を齎す最後の砦的な神と崇められており、また「子孫七代の福を一代でとる」とも云われるほどの怖ろしい神でもあるので、その祀り方を間違えたら下される罰たるや甚だしい。歓喜天の祟りの逸話を語るとなると枚挙にいとまがないので割愛するが、そういう謂れなのである。

歓喜天に限らぬが拝礼には幾つかの作法があり、そのうちの一つに参拝当日は四本足の動物を食すのを禁ずるというものがある。にも拘らずT氏との再会を祝して焼肉屋で酒を呑みながら四本足の動物をたらふく戴いてしまった。多賀氏と建石氏には食べぬよう、あれほど口酸っぱく言っておきながら当の本人がこれだから不甲斐無い。
 

仮眠して明け方に日乃氏と私はT氏宅をあとにするのだが、T氏宅の玄関土間と上がり框(かまち)周辺が理由もなく水浸しになっていたから不思議なこともあるものだ。
 

どうやら日乃氏か私が何かを連れていってしまったようであるが、玄関先で溶けて消えた。
 

2019.10.30 Ryo Iketani

 
 
 
 
 
 

カテゴリー: 随筆

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